師匠と弟子のコラボブログ


新しいブログは

  榎戸師匠と兎さ吉の東西ECO噺 です。

どうぞごひいきに!
# by kousyuu-hannoujin | 2015-01-11 01:42

願いは農村文化の復興

 東京と山梨を月に何回か往復するのに、必ず持ち歩くノートがある。山梨での毎日の農作業の記録だ。
 百姓仕事では年に1度しかない作業もある。手順や教訓を翌年には忘れそうだ。そこで野良から帰ると、その日の作業を必ず記録する習慣をつけた。
 1冊目のノートは2003年3月13日、畑の片隅にアスパラガスの根を植えたところから始まっている。それから11年余、すでに20冊を超えた。
 もう1つ、百姓生活を跡づけるよすがとなったのが、このブログだ。甲府盆地を見下ろす中山間地で年間の3分の1を過ごしてきた限界集落。体験を通し肌で感じたことを、都会の人たちに伝えたかった。それは自分と周辺の農村生活の記録にもなった。
 2007年2月が第1回。初めは月に2回のペースで更新したが、途中から10日に1回とした。ちりも積もって、今回でちょうど250回を数える。
 日々の野良仕事を中心に中山間地の人々の暮らし、農村の風景、受け継がれてきた生活の知恵などを、見聞したままに脈絡なく書き連ねてきた。
 豊かな自然、美しい農村で大地の恵みに生かされる暮らしは子供の頃からのあこがれだったが、現実はちょっと違った。朽ちかけた空き家、放置された農地や里山、消滅寸前の村落共同体。その一方で細々ながら受け継がれている助け合い、エコな農業技術、農村文化、都会から移住して来る若者……。
 ブログの材料を探すため身の回りを意識的に観察するようになった。それは楽しくて意義のある作業だった。そんな作業を通じて頭に結晶したのは、日本の稲作文化の源流である中山間地の農村文化を絶滅に追い込んではならないという意識だ。
 農村文化の中核である零細農業はいま、市場の論理で息絶えようとしている。これからの担い手となる若手のエコで安全な手作り農産物は高くついて販路に悩む。中山間地の農村の復興には国の農政はもちろん、都市の消費者の理解と支援が絶対に必要だ。
 
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                              ◇

 何事にも潮時があります。このブログも250回を機に閉じることにしました。

 野良で汗をかき、机に向かっで文章を書くのは、時に厳しく思うこともありますが、衰えた体と頭に快い刺激を与えてくれる作業でもあります。
 百姓はこれからまだ10年続けるつもりですが、連載の方はこれだけ続けると読者に飽きられた、あるいは飽きられるはずなので、思い切って切り上げることにしました。

 長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。
 年明けからはサイト管理者とのコラボによる新しい企画が始まる予定です。
# by kousyuu-hannoujin | 2014-12-10 07:08 | 2014年 下半期

道端に「産直ネギ」の山

 繁華街の道端に山と積まれたネギ。傍らのいすで老夫婦が店番をしている。近郊の農家がトラックで売りに来ているのだ。ひと月ほど前、中国へ小旅行に出掛けた折、東北部の大都市・瀋陽で見かけた。
 北京13時28分発の新幹線で瀋陽北着が18時15分。大気汚染でどんよりした北京から夜のとばりに包まれた瀋陽まで、窓の外はほとんど畑だった。
 線路沿いの疎林を通して地平線まで広がる視野には、家が1軒も見えない。この国らしい統制力で、農家はコンパクトに集約されているのだ。
 広大な畑の大部分はトウモロコシが植えられていたようだったが、すでに収穫済みだった。白菜畑では一家総出で取り入れている所があり、トラックの荷台に背よりも高く積み上げていた。
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 瀋陽の街で見た老夫婦のネギも、こうして収穫して来たのだろう。路上のネギ山の陰には長机が据えられ、ラップをかけた半切りのスイカがズラリと並んでいた。恐らくハウス栽培なのだろう。
 大根の皮をむきながら店番しているおばさんに「商売はどう?」と聞くと、「まあまあだね」と言う。ネギはひと抱えもありそうな束が5元(85円程度)で、スイカも1斤(0.5kg)5元だそうだ。
 「どこから来たの?」とおばさん。「日本から」と答えると、「日本にも持って帰れるよ」と売り込んできた。なかなかたくましい。
 帰国して数日後、NHK・BS「中国の危険な食品」という番組で、恐ろしい光景を見た。噴霧器で野菜にまんべんなく農薬を散布している農民が「これをかければ野菜がよく出来る」と言う。畑の片隅には、使用禁止になった除草剤の空容器が転がっていた。
 瀋陽の老夫婦、一家総出の農家、農薬をまく農民。それらの姿は重なり合って、巨大な胃袋をまかなう中国農業のイメージを結ぶ。有機無農薬栽培に取り組む若い農民も出始めているが、まだ一部の富裕層を対象とした動きに過ぎないようだ。
# by kousyuu-hannoujin | 2014-11-29 21:14 | 2014年 下半期

牛乳は白菜を救えるか

 久しぶりに畑に足を踏み入れて、目を疑った。青々と盛り上がっていた白菜の畝の一角が黄ばんで崩れるようにしぼんでいたからだ。葉を手に取って観察すると、粟粒より小さな薄黄色の虫が、群れをなしてあちこちに張り付いている。アブラムシだ。
 私の畑ではこれまでキャベツ、ブロッコリー、ネギ、小豆、ササゲなどがアブラムシにやられてきた。そら豆はさやが真っ黒になるほど発生して始末に負えないので、結局栽培をやめてしまったほどだ。
 しかし、白菜がやられたのはこれが初めて。9月中旬に定植してからは、コオロギの侵入を警戒して防虫ネットを掛けていたが、その心配がなくなった10月中旬には外した。アブラムシの襲来などまったく予測していなかった。
 この虫に一旦取りつかれると、農薬を使わない駆除は難しい。被害の拡大を防ぐため、大群の宿った20個余りの株は切り倒して処分せざるを得なかった。収穫にはまだまだ早く、いかにももったいない。で、一部は虫を洗い流して胃袋に収めた。
 白菜の畝には、アブラムシ軍団侵攻の足がかりとなった辺りを中心に、大きな空間ができてしまった。無農薬栽培では覚悟しなければならないリスクだが、それでもネットを外さないでおけば防げたはず、と後悔した。中国への小旅行もあって、しばらく畑にご無沙汰していたのも悪かった。
 翌日、冷蔵庫に牛乳があるのを見つけ、アブラムシ軍団に一矢報いることにした。含まれる脂肪分が虫の気門を塞いで殺虫効果があると聞いていたからだ。水で薄め、残った白菜に噴霧器で噴き付けた。
 効果を確認する前に、都合で東京に戻らなければならなかった。半農生活の弱点はこういう面で響く。次に来た時、白菜は生き残っているだろうか。
 
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 豆腐とともに冬の鍋に欠かせない食材。ふうふうと湯気を吹き飛ばしながら味わう楽しみは、牛乳が畑の白菜を救ってくれるかどうかに掛かっている。

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# by kousyuu-hannoujin | 2014-11-20 15:18 | 2014年 下半期

干し柿作り無念の断念

 村のあちこちでたわわに実った柿は、高く澄んだ盆地の空を背に鮮やかに色づいている。晩秋を実感させるこんなたたずまいが、今年は恨めしかった。恒例の干し柿作りをあきらめなければならなかったからだ。
 山梨には、干し柿に好適な「甲州百匁」という大型の品種がある。柿畑だけでなく、家々の庭にもこの柿が植わっている。村祭りの頃、皮をむかれて軒下につるされ、初冬の里を彩る。
 私も山梨に来たその秋から、干し柿作りを始めた。裏山に柿畑を持つ勝さんからコンテナ2箱分を譲ってもらい、家人と2人、縁側で日向ぼっこしながら皮をむき、ひもで結んで屋根の上の物干しにつるす。
 つやつやの肌は半月もするとしぼんで色も凝縮する。しこりのように残る芯は、1つ1つ手で揉んでほぐす。ひと月ほどして12月の初めごろ取り入れる。ワラを敷いた段ボール箱に入れておくと、白い粉をふいて食い気を誘う。
 200個ほど出来るが、我が家で食べるのはわずかだ。知人友人に差し上げると、大層喜ばれる。山梨のたっぷりの太陽と冷たい風がもたらしてくれる恵みだからだ。
 ところが今年は柿もぎの時期に、中国旅行の予定を立ててしまっていた。帰国後に仕入れる積もりで事前に勝さんに相談すると、「今年は猿に食われているので、いつもより早く、明日にはもぎます」と言う。帰国するまでには軟らかくなってしまっていて、干し柿にはならないそうだ。
 米作りが一段落し、しかも中国の東北地方が寒くならないうちにと組んだ旅の日程だった。しかし当たり前のことだが、柿は私の都合に合わせてくれない。 「旅も干し柿も」は虫のいい考えだった。勝さんには「ではまた来年お願いします」と言うほかなかった。
 中国では再会した友達に大歓迎され、忘れ難い思い出となった。一方で干し柿を楽しみにしてくれている人たちの顔が浮かび、情けない思いもしている。
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# by kousyuu-hannoujin | 2014-11-10 23:59 | 2014年 下半期