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カテゴリ:2010年 上半期( 17 )

家を食われてたまるか

 田植えがすむのを見計らったように、「お宅はシロアリ大丈夫ですか」と飛び込みのセールスがあった。実は大丈夫ではない。少し前、大黒柱に食われた跡があるのを見つけていたのだ。築100年も経つかという古い家だから、気になっていた。
 シロアリ駆除の勧誘には、うさんくさいのが多いのは知っている。調査と称して床下にもぐり込み、あらかじめポケットに隠しておいたシロアリをつかみ出して「やっぱりいました!」という悪質な例も聞いたことがある。そこでセールスマンにはいろいろ問いただし、信用度を確かめてから調査を頼んだ。
 その日のうちに2人の調査員が来て、家の周囲に転がっている木切れの1枚1枚までひっくり返して調べた。7年前の家の改修時に残った廃材を軒下に積んであったが、そこがシロアリの巣になっていた。木切れを石の上でたたくと、淡黄色の米粒ほどの虫が塊になって落ちてきた。「ヤマトシロアリです」と言う。
 畳を上げ床板をはがし、床下にももぐってくれた。撮影して見せてくれた写真には、土台部分のあちこちに食われた跡があった。放っておくと家が崩れてしまう。今は環境に配慮した薬剤を使っているという説明もあったので、迷わず駆除を頼んだ。
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 翌朝、近所の目を引くものものしい現場になった。業者が作業車3台を連ねて現れ、床下の隅々まで木部と地中に薬剤を注入した。化粧石を敷き詰めた8畳ほどの土間も、目地のあちこちに穴を開けて地中に薬剤を注ぎ込む徹底ぶり。終わったのは夜の8時半だった。
 北側の床下はシロアリとカビ好みの湿気が多いというので、太陽光で動く送風機を3カ所に設置してもらった。駆除代と同じくらいの出費になった。
 この家の大敵はもともと、いつか必ず起こるという東海地震だった。耐震工事を考えていたところに、予定外のシロアリ退治。家は食われずにすみそうだが、耐震工事の資金を食われてしまって、古家に住む不安は解消しないままだ。

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by kousyuu-hannoujin | 2010-06-20 20:30 | 2010年 上半期

田植え前に孤独な作業

 6月最初の土曜日に田植えを終えた。機械を使わず手で植えるので、今年も東京から6人が来援してくれて、小さな田んぼは華やいだ。対照的に、その3日前の代掻きは、いつもながら孤独な作業だった。
 代掻きは、田植え準備の仕上げとして欠かせない。干上がっていた田に水を入れ、耕運機で水と土を掻き混ぜる。こうすることで土は細かい粒子になって沈殿し、田の水漏れを防ぐ。表面は平らになって苗が植えやすくなり、見た目にもきれいな田が出来上がる。
 私の田では、この代掻きにことさら神経を使わなければならない。水を入れた途端に下の梅林が水浸しになってしまうからだ。きちんと整備されていない昔ながらの棚田なので、田に入れた水が未知の地下水脈を伝って石垣の間から漏れ出すらしい。
 初めのころ、梅林の主から「お宅の田んぼはまるでザルだ」とあきれられた。そこで翌年は、水が下に浸み込まないうちに耕運機を手早く前後左右にくまなく何度も走らせた。
 下の梅林の様子を見ながら土と水を徹底的に撹拌するうちに、水漏れは止まった。普通の何倍かの手間がかかるが、以後この徹底代掻きを続けている。泥人形になりながらの孤独な長時間作業は楽ではない。
 田植えの前日は土均し。野球のグラウンド整備に使うトンボと同じ道具を持って田に入り、表面を平らにする。1cmの高低差でも陸地と海がはっきりするので、とても面倒で微妙な作業だ。
 そこで、昨年からは田植えの常連、チューコー君に頼み込み、1晩余分に泊まって土均しを手伝ってもらっている。信州人の彼は、忍耐を強いられる作業が苦にならないようで、私の孤独感を和らげてくれる。
 作業を終え、町内の温泉でさっぱりした後のビールはうまい(はず)。だが、翌日の田植えのため夜遅く援軍が到着するので、私は車で駅へ出迎えなければならない。チューコー君が1人グラスを傾ける。他人の飲むビールがこんなに恨めしく思えたことはない。
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by kousyuu-hannoujin | 2010-06-10 08:00 | 2010年 上半期

安全イチゴは鳥も食う

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 山梨に住み始めたばかりの7年前の5月、散歩で通りかかった家の主婦が、裏庭一面に広がったイチゴを摘んでいた。庭でイチゴ狩りとは、とうらやましかったが、当の女性は「増え過ぎちゃって……」。困ったようなその表情は、今なら理解できなくもない。
 今年も我が家の庭でイチゴがたくさんの実をつけた。6年前、東京の家でプランター栽培していたうちの数株を移植したのだが、今は4畳半1間ほどの広さにびっしりと繁殖している。
 5月中旬から下旬にかけて、毎日のように摘んだ。1シーズンでバケツ1杯は取れる。1人で200個以上、1.5kgも収穫していると多少うんざりするし、腰も痛む。「増え過ぎちゃったかな」と思うのだ。
 育てるのに手はかけない。肥料もやらない代わりに農薬も使わない。だから、店で見かけるような大粒は少ない。真っ赤に熟したのに、パチンコ玉大のもある。それでも昔の職場の女性に少しばかり送ったら、「イチゴ狩りのイチゴ以上に甘いイチゴ。子供たちももう争って食べました」とメールで感想が戻ってきた。
 ある産直イチゴの宣伝文句に「農薬使用は県慣行栽培の5割以下の21回以内で栽培しました」とある。手間ひまかけて低農薬栽培を実践しているのは偉いが、それでもその回数とはぞっとさせられる。慣行栽培だと、いったいどれだけ使うのだろうか。
 しかもイチゴには農薬の浸透を防ぐ厚い皮がなく、表面はデコボコ、ボツボツしていて、農薬が残留しやすい。イチゴ狩りバスツアーの好きな友達は「収穫前には農薬をまかないんじゃないの?」と農家を信頼しているが、実態はそうではないはずだ。効率や経済性より安全を優先する農家は、まだ少数派だろう。
 自然に育ったイチゴは鳥も虫も喜んで食う。鳥や虫に食われてこそ自然のイチゴ、と言えるのかも知れない。それで自然のサイクルが成り立っている。農薬で鳥や虫を徹底的に排除し、自然界と半隔離して作られる不自然さ。それはイチゴに限ったことではない。

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by kousyuu-hannoujin | 2010-05-29 19:21 | 2010年 上半期

案ずるより草取り決行

 「今年はどうしたことだろう」と心の中で首をかしげながら、田んぼでひたすら草を抜く。これまでになく雑草が繁茂し、耕運した後も収まらなかったのだ。田植えを目前にして草取りするなど初めてのこと。
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 4月に耕運機を掛けた時、その予感はあった。一面、スズメノテッポウというイネ科の草とペンペン草、スギナに覆われていたのだ。普通、耕運すれば根こそぎひっくり返って枯れるのだが、草があまりに多かったせいか、そうはいかなかった。
 耕運機の刃に巻き込まれても生き残って再び根づいたものもあれば、新しく芽を出したのもあった。周りの田はどこも草1本生えてない。私の田だけなのだ。
 もう1度除草しておいた方がいいだろうが、耕運機を掛けてもまた元の木阿弥になる可能性がある。どうしたものかと集落の長老に相談すると、「手で抜いたら。耕運してあるんだから土が軟らかくて簡単に抜けるよ」と言う。
 そういえばそうだ。私は耕運機を掛けるか、いっそのこと放置しておくか、それしか考えていなかった。
 手で根っこごと抜けば、草は再生することがない。だがしかし、1反に満たない小さな田でも、1本1本を手で抜く労力は大変なものだ。
 そこで、時々手伝いに来てくれる隣の集落のヤギ君に電話して応援を頼んだ。しかし彼も自分の畑の草取りに追われていて来られないと言う。結局、私1人の手で草取りする破目になったのだ。
 始めるには決心を必要としたが、案ずるより産むが易し。やってみると予想以上に捗る。長老のアドバイスの通りだった。出口の見えるトンネルに入ったようで、焦らずにすんだ。
 しゃがみっ放しの単調な作業はきつかったが、2日半にわたって正味9時間ちょっとでやり終えた。取った草はバケツに何十杯になっただろうか。きれいな田んぼで田植えを待つのは、大掃除をすませて新年を迎えるようなすがすがしさがある。

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by kousyuu-hannoujin | 2010-05-20 17:19 | 2010年 上半期

種をまく人のタダ働き

 5月の連休中、集落の長老宅で種モミをまくというので見学に行った。私は苗作りを農協に頼んでいるので種まきの経験はなく、見るのも初めてだった。
 トタンぶきの作業場には、長老の弟と息子が来ていた。このところ気力の衰えが目立つ長老は、腕組みして監督している。「来年も百姓ができるかどうか」とすっかり弱気になって、後継者と目した息子にノウハウを伝授する積もりのようだ。
 床には約40枚の苗箱が並んでいて、その上に種まき機を滑らせている。グラウンドに石灰の白線を引く道具と同じ原理。土、種、土と薄くまいて、平べったい苗箱の中には土と種のサンドイッチができる。
 サンドイッチに適度の水をかけ、近くの畑にしつらえた苗床に並べる。板で囲った枠内に2枚重ねのシートを敷き、浅い水が張ってあるのが苗床。田植えまで1カ月ほど、この中で管理して育てるのだ。
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 山梨県立美術館が所蔵するミレー作「種をまく人」のような力強い作業風景ではない。ちまちましていて、箱庭的で繊細な日本農業の原点のように感じられた。
 長老の娘の一家4人も遅れてやって来た。小さな子供も苗箱を1枚ずつ運んで手伝っている。それほどの人手が必要とは思えないが、何かをする時に一族を集めるのは農村社会の習慣を残しているからなのだろう。「昼はみんなでカレーライス」と言っていたおんなし(女衆)は、台所で腕をふるっている。
 こうして苗を自作すれば、米の生産コストはある程度抑えられる。一緒に見学していた家人が「人件費がタダだもんね」と茶々を入れると、息子のフジオさんが「人件費のこと考えたら百姓やらない方がいいよ」とズバリ言う。
 その通り、とうなずくほかない。昔から地縁血縁による無償の共同作業で中山間地の農業は成り立ってきた。そのせめてものインセンティブとしてカレーライスはあるのだ。私の小さな田んぼだって、夜のビールを餌にしたボランティア活動に支えられている。

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by kousyuu-hannoujin | 2010-05-10 00:17 | 2010年 上半期

水たまりからの贈り物

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 隣の畑でしゃがみ込んでいるノブコさんに出会った。水たまりのクレソンを摘んでいる。しばらく見物していると、「増え過ぎちゃって……。好きなだけ取って下さい」と言う。これはありがたい。
 彼女は昨年、畑の片隅を借りて畳1枚ほどの水たまりにクレソンの種をまいた。クレソンはアブラナ科の香味野菜。日本渡来は新しく、明治の初めに東京の外国人住宅や西洋レストランの付近で繁殖していたというから、文明開化のもたらした産物だろう。生命力が強く、今は各地で自生しているらしい。
 ただし、川や沼地などきれいな水が流れている場所でなければ育たない。水がよどんでいると、水温が上がって生育に適さないそうだ。
 その点、ノブコさんの借りた水たまりは、栽培の適地と言える。細い地下水脈の出口だから、いつもきれいな水が流れ出ている。冬場はコケのように水辺に張り付いていたクレソンが、暖かくなったら育毛剤の宣伝のように、あっという間にこんもりとした群落に膨れ上がった。茎が鉛筆ほどの太さになっている。
 クレソンは独特の辛味と、茎のシャキッとした歯触りがいい。ゴマ和え、てんぷらにもなるそうだが、私は生のままむしゃむしゃと味わう。
 だから、「好きなだけ取って」と言われたのに付け込んで、カゴいっぱいに収穫してきた。カツオの刺し身やサラダに1本か2本添えるだけで彩りのいい豪華なひと皿になり、ビールが進む。
 ノブコさんは高校生の息子が甲府で下宿しているので夫婦2人暮らし。自動車の小さな部品を組み立てる内職をしている。不況の中でも自動車産業はエコカー減税などで好調だから、かなり忙しいそうだ。
 寒さに強いクレソンは、ほぼ1年中収穫できる。ノブコさんの家では使い切れないだろうな、と勝手に想像して、ちょくちょく摘ませてもらう積もりだ。自動車産業にせっせと貢献している彼女にはちょっと後ろめたいが、食卓の楽しみが1つ増えた。

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by kousyuu-hannoujin | 2010-04-30 23:55 | 2010年 上半期

田起こしで腰痛起こす

 田植えを前に田起こしをした。耕運機で田んぼを掘り起こして整備する作業だ。土に活力を注ぎ込む効果もある。今年の米作りもいよいよ本番となった。
 少しでもエコな農業を心掛けて機械をあまり使いたくない私も、田起こしは機械に頼る。人力ではとても無理なので、昔も牛馬に鋤を引かせた作業だ。
 
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 牛のゲップに含まれるメタンガスが地球温暖化の一因だということは、よく知られている。耕運機の排ガスも牛のゲップだと思えばいい。それに私の耕運機は排気量わずか170cc。周りで大排気量のトラクターを使っているのに比べれば、かわいいものだ――と、屁理屈で自分を納得させている。
 それでも、機械でカバーできない畦ぎわは、鍬で掘り起こす。これはかなりの重労働だから、今年は森林ボランティアで知り合ったヤギ君に応援を頼んだ。昨年、妻子とともに移住して来た30歳のフリーターだ。彼のお陰で私は耕運機に専念することができた。
 今年の田んぼはどういうわけか、雑草が多かった。ほとんどがペンペン草の群落。土中に鋤き込めば緑肥になるから問題ないのだが、見た目にはいかにも怠け者の田んぼだ。気になっていたので、あっという間に退治しながら耕すのは小気味よかった。
 耕運機の進む先々で、土中にいた無数の小さなクモが、慌てふためいて散り散りに逃げて行く。「クモの子を散らすような」という形容詞がぴったりの面白さ。ヤギ君のお陰で作業を楽しむゆとりができた。
 が、翌日がいけない。立ち上がった時に腰が曲がったまま。無理に伸ばそうとすると、ギシギシと痛んだ。深く耕そうと、耕運機を無意識に上から押さえ続けていたのが腰の負担になったようだ。
米作り8年目で、耕運が原因の腰痛は初めて。年のせいだとするなら、ますます年を取るこれからが思いやられる。だからといってトラクターというわけにはいかないから、人の力を借りるほかない。「ヤギ君、これからも頼むよ」と、心の中で情けなくつぶやく。

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by kousyuu-hannoujin | 2010-04-19 19:23 | 2010年 上半期

足元から商店が消えた

 集落入り口の辻にあって道案内の目印にもなっていた酒屋が、ついに店じまいした。これで我が集落と周辺には、商店が1軒もなくなってしまった。 
a0144738_1121638.jpg この酒屋は、ご主人に先立たれた80代も半ばの女性がやっていた。酒瓶のほか袋菓子などの手軽な食品がまばらに並んでいるだけの店だった。
 酒は街に出たついでに買うことが多い私も、たまにこの店を利用した。急に酒が入用になった時、歩いて5分はありがたい。夏、アイスをなめたくなった時もそうだ。わざわざ自動車で街に出て、レジで並ばされるのは馬鹿らしい。サンダルをつっかけて出掛け、店先のアイスボックスから取り出して、「おばさん、もらうよ」ですませたい。
 店には土間に続いて店番用の畳の小部屋があった。たまにのぞくと、ちゃぶ台に陣取っている客を見かけることがあった。昼間から一杯やっているのだ。
 その話を集落の長老にすると、「俺もその店の常連だった」と顔がほころんだ。若い左官だった頃、仕事の帰りに立ち寄り、つまみを買ってビール2本を飲むのが楽しみだったそうだ。地元はもちろん、上の集落の人も立ち飲みで仕事の疲れを癒やしたらしい。
 以前はこの店からわずか50mほど入った道沿いに、何ともう1軒の酒屋があった。私がこの町に来るずっと前に廃業していたが、そのたたずまいは今も残り、村が若くて活気に満ちていた時代の情景を彷彿させている。
 長老の話では、集落にはこのほかに食料品や雑貨を扱う店が2軒あったそうだ。とすると、集落と周辺に4軒あった店がすべて消えたことになる。「ちょっとした買い物ができなくなったねえ」と、知り合いのおばさんは弱った足をさすりながらこぼす。
 町内では今、静岡と長野を結ぶ中部横断自動車道が建設されている。自動車で県外へ出るにはますます便利になるだろう。その一方で、運転できない老人たちは豆腐1つ買いに行けない現実がある。

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by kousyuu-hannoujin | 2010-04-09 01:15 | 2010年 上半期

食卓の脇役が畑の主役

 農協の直売所をのぞいていたら、地元農家の人が段ボール箱を抱えてやって来た。箱の中はネギの苗。目ざとく見つけた家人が「あら、こんなにいい苗が……」と声を上げた。
 時期はずれになりかけていたネギの苗を探していたので、おあつらえ向きだった。青々と伸びた立派な苗1束50本を200円で買った。
 その前日もホームセンターで売れ残りの苗を50本298円で買っていた。くたびれて黄ばんでいたが、これを逃したらもう手に入らないと思ったからだ。
 実は、私の畑では1月中旬にネギの植え付けをすませていた。信州の伝統野菜である松本一本ネギという太ネギだ。毎年、ネギ坊主から種を取り、秋にまいて育った苗を年明けに定植している。私の畑を故郷と定めたネギは、もう何代目になるだろうか。
 種はいくらでも取れるから、欲を出してたくさんまく。250坪ほどの畑に昨年は約300本を定植した。ネギはきちんと栽培しようとすると場所を取る。白い部分を多くするために何度も土寄せして茎の部分を覆わなければならず、寄せる土を確保するには畝間を広くしなければならないからだ。
 これまでネギが畑の3分の1を占領してきた。「こんなに要らないよ」と家人が言うので、今シーズンは自制して播種を減らしたら、発芽の悪かったこともあって苗は半減。不足分を買う破目になったのだ。
 畑さえ広ければ、ネギはいくらあってもいい。食卓では脇役ながら、納豆も冷奴もそばも鍋も、ネギがなければ成り立たない。ネギ大好きの私は、畑にいつもネギが植わっていれば、それだけで安心する。
 結局、買った100本の苗を植え足して、今年も不安にならずにすむだけの量は確保できた。でも質の点を考えれば、やはり自分の畑で採種した完全無農薬のネギの方が安心できる。買った苗を使うのは今回限りにしよう。代々根づいた松本一本ネギは、私の畑のブランド野菜と言っていいのだ。
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by kousyuu-hannoujin | 2010-03-30 21:21 | 2010年 上半期

食卓に春運ぶ白菜の花

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 甲府盆地に梅が咲き誇った頃、スーパーの野菜売り場に香川県産の菜の花が登場した。束ねられた茎の先に小さな黄色い花をつけて、いかにも春らしい。
 でもこの菜の花、我が家の食卓に上る菜の花より色が濃く、小ぶり。この菜の花はアブラナだが、我が家や近所では菜の花というと白菜なのだ。白菜もアブラナ科。調べてみると、アブラナの仲間は似通っているので、すべて菜の花と呼ぶことがあるそうだ。
 今年も畑で冬を越した白菜が花をつけた。ほとんどの白菜は冬のうちに収穫してしまうが、種まきの時期がちょっと遅くて微妙な天候の影響を受けると、巻かないままの白菜も出てくるようだ。
 そんな白菜はそのまま畑に置いておく。菜の花を楽しみにするのだ。初めから菜の花を目当てにわざと畑に植えっぱなしの農家もある。
 菜の花に先んじて食卓に春を告げてくれるのは、まずフキノトウ。2月の終わり、納屋裏の石ころだらけの小さな空き地に顔を出す。つぼみが開くかどうかというタイミングで摘み取る。刻んでみそ汁に入れてもいいが、丸ごとてんぷらにするとほのかな苦味が口中に広がって、絶好の酒の友になる。
 そしてこの白菜の花。脇芽を摘んでさっと湯に通す。シャキっとした歯ざわりで微かな苦味があり、からし醤油で和えるとびっくりするほど奥行きのある香気を醸し出す。
 冬の間、新鮮な野菜に恵まれなかった昔の農民にとって、食卓のフキノトウや菜の花がどれほどみずみずしく映っただろうか。今の私たちよりずっと深く春の喜びを噛みしめたに違いない。
 畑で取り残した菜の花は、またそのままにしておけばいい。淡い黄色の花の群れは畑にも春の彩りをもたらし、目を楽しませてくれる。
 漬物、菜の花、そして観賞用にと、白菜ほど長いこと田舎の生活を潤してくれる野菜はない。「百菜の王」の尊称を奉ってもいいとさえ思う。

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by kousyuu-hannoujin | 2010-03-20 23:26 | 2010年 上半期